3年後に読み返して分かること――『ジェネレーティブAIの衝撃』を今読み返す理由

3年後に読み返して分かること――『ジェネレーティブAIの衝撃』を今読み返す理由 書籍・雑誌

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2023年に『ジェネレーティブAIの衝撃』という本が出た。
副題は、
「80%の仕事が影響を受ける」
なかなか刺激的である。

当時はChatGPTが登場して半年ほど。
世の中では、
「ホワイトカラーの仕事がなくなる」
「プログラマーはいらなくなる」
「コンサルタントはいらなくなる」
「クリエイターの仕事が奪われる」
といった議論が盛んに行われていた。

あれから3年。
生成AIは想像以上の速度で進歩した。
しかし同時に、2023年に我々が想像していた形とは、少し違う未来が来たとも思う。

だから今、この本を読み返すと面白い。
生成AIの最新情報を知るためではない。
AI革命が始まった瞬間に、人間が何を考えていたのかを振り返るためである。

「AIを使うかどうか」という議論は、もう終わった

2023年当時、企業ではこんな議論が普通に行われていた。
「ChatGPTを業務利用してよいのか」
「情報漏洩のリスクはないのか」
「生成AIを会社として導入するべきか」
本書にも、企業におけるGenerative AI導入というテーマがかなり登場する。

しかし2026年から見ると、この問い自体が少し懐かしい。
もはや、
AIを使うか、使わないか
ではない。
Microsoft 365にもGoogle Workspaceにも、SaaSにも、検索にも、開発環境にもAIが入っている。
意識してAIを導入しなくても、業務システムの中にAIが入ってくる。

だから現在問うべき命題は、
「生成AIを導入するべきか」
ではなく、
「AIが存在することを前提として、仕事をどう設計し直すか」
になってきている。

この変化は結構大きい。

「AIに仕事を奪われる」という問いも、少し間違っていた

本書では、Generative AIがホワイトカラーの仕事に与える影響が大きく取り上げられている。
当時の議論でも、
「この職業はAIに代替される」
「この職業は生き残る」
という職業単位の議論が多かった。

しかし実際に起きたことを見ると、もう少し細かい。
例えば、コンサルタントという職業が消えたわけではない。
しかし、
リサーチする。
議事録を作る。
情報を整理する。
Excelを分析する。
PowerPointのたたきを作る。
文章を推敲する。
といった作業の価値は猛烈な勢いで下がってしまった。

エンジニアも同じである。
プログラマーという職業が消えたわけではない。
しかし、人間がコードを一文字ずつ書くことの価値は確実に変わった。

つまりAIが代替したのは、
職業そのものではなく、職業を構成しているタスクだった。

「80%の仕事が影響を受ける」は案外間違っていなかった

そう考えると、本書の副題である、
「80%の仕事が影響を受ける」
という表現も、今見るとそれほど大げさには感じない。
80%の人が失業するという話ではない。
仕事の中身が変わるという話である。
仕事が指すものが Job ではなく Task と言えばよいだろうか。

例えば、以前なら3時間かけていた仕事が30分になる。
これは、
「2時間30分暇になった」
という話ではない。
会社はその人に別の仕事を要求する。
すると仕事の期待値そのものが上がる。

これまで、
調べる → 整理する → 考える → 作る
という工程だった仕事が、
AIによって、
調べる・整理する・作る
まで高速化される。

すると人間に残るのは、
何を調べるのか。
何を問題とするのか。
何を選ぶのか。
そして、何に責任を持つのか。
という部分になる。

つまり生成AIは、仕事を楽にしたというより、
人間が価値を出さなければならない場所を強制的に変えてしまった
のだと思う。

「AIを使える人」が価値を持つ時代も、思ったより短かった

2023年には、
「これからはプロンプトエンジニアリングが重要になる」
という話もよく聞いた。
確かに当時はそうだった。

良いプロンプトを書く。
Few-shotを使う。
Chain of Thoughtを使う。
コンテキストを工夫する。
そうすると出力品質が大きく変わった。

しかしAIそのものが賢くなるにつれて、ユーザー側に求められる特殊技能は少しずつ減っている。
プロンプトを書くことはむしろAIに任せてしまえばよくなってきている。

これはテクノロジーではよくある話だ。
昔はインターネットに接続するだけでも知識が必要で、一部の大人だけが使っているものだった。
今では、Wi-Fiのパスワードさえわかってしまえば、子供でも使える。
生成AIも同じような歴史をたどっている。

だから、
「AIを使えること」そのものは、長期的には差別化要因にならない。
Excelが使える。
Google検索が使える。
メールが使える。
それと同じになる。
重要なのは、
AIを使って何をするのか。
である。

むしろ差がつくのは「問い」ではないか

生成AIをかなり使うようになって、一つ強く感じることがある。
AIは、こちらが与えた問題を解く能力は猛烈に高くなった。
しかし、
そもそも何を問題として設定するか
は依然として人間側に大きく依存しているということだ。

例えば、
「売上を増やす施策を考えて」
と聞けば、それらしい答えはいくらでも出てくる。
しかし、
「我々の問題は本当に売上なのか?」
という問いは別である。

顧客獲得なのか。
継続率なのか。
単価なのか。
プロダクトなのか。
営業組織なのか。
そもそも狙っている市場が間違っているのか。

AIが答えを作るコストが下がれば下がるほど、
何を問うかの価値が相対的に上がる。
これは少し皮肉である。
答えを作る能力を競っていた時代には、頭の良い人とは「正解を出せる人」だった。
しかし正解らしきものをAIが大量生産できるようになると、
頭の良さの定義そのものが変わる。

AIによって「平均的に優秀」は猛烈にコモディティ化する

そして、個人的に一番大きな変化だと思っているのがここである。
生成AIは、
それなりに正しい文章を書く。
それなりに良い分析をする。
それなりに綺麗な資料を作る。
それなりに動くコードを書く。
これが非常に得意である。

つまり、
「平均よりちょっと優秀」なアウトプットの市場価値を猛烈に下げる。
これはホワイトカラーにとっては厳しい現実だ。

これまで多くの会社では、
文章が適切に書ける。
Excelが使える。
資料が綺麗。
論理的に話せる。
情報収集が速い。
といった能力だけでも、それなりに評価された。
しかし、そのあたりはAIがかなり埋めてしまう。

すると残るのは、
深い専門知識。
独自の経験。
意思決定。
人間関係。
現場感覚。
そして責任。
といった、簡単には生成できないものになる。

だから「若手の仕事」が一番危ない

ここからは本書を超えて、2026年現在の私が気になっていることである。

AIが代替しやすい仕事には、
若手がこれまで経験を積むためにやってきた、下積み的な仕事が多い。

調査する。
議事録を書く。
データを整理する。
資料のたたきを作る。
コードを書く。
これらは確かにAIで効率化できてしまっている。

しかし同時に、
その仕事をしながら人間が少しずつ学習していた、
という側面がある。
100本の資料を作ったから、良い資料が分かる。
大量のコードを書いたから、設計が分かる。
大量の議事録を書いたから、会議の構造が分かるようになる。

ある分野で世界的な一流・プロとして成功するには、約1万時間の練習や努力が必要だという主張として「一万時間の法則」が有名だが、一万時間が絶対的な指標かどうかはともかくとして、
量から質に転換させるということは、
これまでのビジネスパーソンの多くが通ってきた過程ではないか。

そこをAIに代替させ、スキップさせてしまったとき、
次世代の人材はどうやって成長していくのだろうか。

これは結構難しい問題だと思う。
生成AIによる生産性向上だけをKPIにすると、この問題を見落とす。
短期的には効率化できる。
しかし長期的には、人材育成の梯子を外している可能性がある。

天から下がっていた蜘蛛の糸はどこにいったのだろう。

企業のAI導入で本当に難しいのは、技術ではなかった

2023年当時は、
どのLLMを使うか。
APIをどう接続するか。
セキュリティをどうするか。
社内データをどう参照させるか。
といった技術論が多かった。
もちろん今でも重要である。

しかし実際に企業でAIを使おうとすると、それ以上に難しい問題が出てくる。
業務そのものが整理されていない。
誰が何を判断しているのか分からない。
データが整備されていない。
例外処理が人間の頭の中にしかない。
業務プロセスが部門ごとに違う。
責任分界が曖昧。

こういう状態では、どれだけ優秀なAIを入れても効果は限定的である。
結局、
AI導入とは、かなりの部分が業務改革なのである。

これは、AI以前にバズワードだった “DX” と同じだった。
最新のツールを入れれば会社が変わるわけではない。
業務を理解し、
不要な仕事を捨て、
データを整理し、
意思決定構造を変え、
そこにテクノロジーを入れる。
AIになっても、この原則は変わらなかった。

「AIを導入する会社」から「AIを前提にした会社」へ

だから現在の組織に本当に必要なのは、
ChatGPTの法人版を契約することでも、
社内AIチャットを作ることでもない。
それは入口にすぎない。

本当に考えるべきなのは、
もし今日ゼロから会社を作るなら、この仕事を人間にやらせるだろうか?
という問いである。

営業。
採用。
経理。
法務。
カスタマーサポート。
システム開発。
マーケティング。
経営企画。
既存業務にAIを足すのではなく、
AIが存在する前提で業務プロセスそのものを作り直す。

この発想になった瞬間、
AIは「便利なツール」ではなくなる。
会社のOperating Systemの一部になる。
おそらく2023年から2026年までの最大の変化はここなのだと思う。

それでも人間は必要なのか

本書には、
AIの登場によって人間が「人間とは何か」を再認識する時代になる
という問題意識がある。

2023年には少し大げさに感じた。
しかし2026年現在、私はむしろこの問いが一番重要であると感じる。

AIが文章を書ける。
絵を描ける。
コードを書ける。
分析できる。
相談にも乗れる。
それなら人間は何をするのか。

私は、
「AIには創造性がない」
「AIには感情がない」
といった説明にはあまり期待していない。
そこも技術によって境界が曖昧になる可能性があるからだ。

もっと単純なのではないかと思う。
最後に決めること。
そして、その結果を引き受けること。
AIは選択肢を出せる。
分析できる。
推薦できる。
しかし、
「これで行く」
と決めるのは人間である。
少なくとも組織では、そうでなければならない。

そして失敗したとき、
「AIがそう言ったので」
では済まない。
だからAI時代になって、人間の価値が消えるというより、
人間にしか負えない責任が、むしろ露出してきた
ように感じる。

2023年の「衝撃」は、まだ始まったばかりだった

この本を2023年に読んだときには、
「すごい技術が出てきた」
という本だった。

2026年に読み返すと、
「仕事というものを作り直し、再定義する技術が出てきた」
という本に見える。

生成AIは一過性のブームではなかった。
しかし同時に、
すべての仕事が一瞬で消えるような革命でもなかった。
もっと地味で、もっと厄介だった。
毎日の仕事の一部分ずつに入り込み、
昨日まで価値があった作業を少しずつ安くし、
人間に要求される仕事の水準を少しずつ上げていく。

今こそ問うべきなのは、
「AIによって自分の仕事のどの部分が無価値になり、その結果、自分は何に価値を出すのか」
である。

2023年には未来予測だった問いが、
2026年にはかなり具体的な経営課題、そして個人のキャリアの問題になった。

だからこそ今、『ジェネレーティブAIの衝撃』を読み返すと面白い。
最新のAIについて知るためではない。
たった3年前、我々がAIをまだ「未来の話」として語っていた時代を振り返るために。
そしておそらく3年後には、2026年の我々もまた、
「まだそんなことを言っていたのか」
と思われているのだろう。

書籍情報

書籍名ジェネレーティブAIの衝撃
著者馬渕 邦美
出版社日経BP
発売日2023年6月23日
ページ数313ページ
Kindle版価格2,372円(税込)
単行本(ソフトカバー)価格1,570円前後(税込・変動あり)

本文中の見解は本書を読んだ筆者個人の感想・考察であり、特定の技術・企業の評価を断定するものではありません。価格・仕様等は変動する場合がありますので、最新情報は公式サイト・Amazon商品ページにてご確認ください(2026年9月時点の情報です)。

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